道路の昔と今 / 大阪府 大阪市港区

天保山ジャンクションの昔と今
港の水辺に橋脚が立ち、大阪港線と湾岸線がつながるまで

航空写真でたどる港と道路の変化 | 読了 約5〜6分

大阪港の水辺にある天保山ジャンクションは、大阪の都心へ向かう16号大阪港線と、湾岸の4号・5号線が集まる場所です。大きな橋と輪を描く接続道路が、港の岸壁や市街地のすぐそばに収まっています。

今の形になるまでには、南へ延びる道路、都心から届く道路、安治川を渡る橋が、別々の時期に加わりました。国土地理院の航空写真を並べると、「橋を造る」「道路を延ばす」「道路どうしをつなぐ」という工事の違いが見えてきます。

1964年6月
水辺には、岸壁と建物が並ぶ

岸壁沿いの建物と市街地が見え、高速道路の大きなカーブはまだない1964年の天保山付近
1964年6月7日撮影。国土地理院 MKK643X・C7・2を加工。

写真の左上には広い水面があり、岸沿いには大きな建物が並んでいます。右側には細かな街区が続き、中央には陸地を横切る道路が見えます。後の写真で目立つ、高架の大きなカーブや川を斜めに渡る橋は、まだありません。

道路だけを見ると空白に見える場所も、港としてはすでに使われていました。岸壁、建物、水路、街の区画が並ぶ土地に、後から高速道路が加わっていきます。写真を比べるときは、水辺の輪郭を先に探すと、道路が増えても同じ場所を追えます。

阪神高速の年表では、天保山〜南港北間の開通は1974年7月15日です。港大橋を含むこの区間が、先に南への道を開きました。大阪港線が天保山へ届くよりも前のことです。[1]

1986年4月
完成した道路の先で、橋の工事が進む

南側へ続く高架と、安治川の水面に独立して立つ橋脚が見える1986年の天保山付近
1986年4月26日撮影。国土地理院 KK861Y・C1・3を加工。

1986年の写真では、南側へ続く曲線の高架がはっきり見えます。一方、左上の水面には、岸から続く道路とは離れて構造物が立っています。後に安治川を横断する天保山大橋となる部分です。この段階では、川を渡る道が一本の線として連続していません。

天保山大橋は1984年に着工し、1991年9月18日に開通しました。1986年の写真は、その途中を記録しています。完成した橋の写真では一体に見える主塔や桁も、工事中は水面に離れて現れます。[2]

豆知識 港の橋には、船のための空間がいる天保山大橋は、船の航行に必要な高さを確保して架けられています。阪神高速の説明では、風に対して橋がねじれにくいよう、桁の断面にも工夫がされています。道路の形は車の通り道だけでなく、下を行き来する船や、海辺の風にも関わっているのです。[2]

1989年4月
大阪港線が届き、接続部分の工事が続く

大阪港線の高架と、安治川を渡る橋の形が現れた1989年の天保山ジャンクション付近
1989年4月29日撮影。国土地理院 KK892X・C9・4を加工。

写真を右側から中央へたどると、市街地の間を延びてきた高架が見えます。16号大阪港線の本田〜天保山間は、撮影のおよそ一か月半前、1989年3月14日に開通しました。南への道に続いて、都心側からの道が届いたことになります。[1]

水面を斜めに渡る橋も、この写真では線として見えるようになっています。ただし、天保山大橋の開通は1991年です。1989年の写真に橋桁が写っていることを、そのまま供用開始と読み替えることはできません。

橋の付け根と大阪港線の間に目を向けると、後の写真にある大きな輪はまだ整っていません。幹となる道路が先に姿を現し、枝となる接続道路が加わっていく。ジャンクション全体を一度に見るより、部分ごとに追うと工事の順序が分かりやすくなります。

1994年5月
岸辺に大きな輪ができ、路線網も広がる

橋の南側に大きな円形の接続道路ができた1994年の天保山ジャンクション
1994年5月8日撮影。国土地理院 CKK941X・C7・4を加工。

橋の南側に、大きく回り込む輪の形が見えます。1989年の写真と比べると、直線の道路と曲線の道路がまとまり、今につながる形が分かるようになりました。岸辺の限られた土地の中で、道路が互いをまたいでいます。

5号湾岸線の南港北〜中島間は1991年9月18日に開通しました。続いて1994年4月2日には、中島〜六甲アイランド北間と、4号湾岸線の泉大津〜りんくうJCT間が開通しています。天保山付近の姿が整う時期に、湾岸線そのものも南北へ広がっていたのです。[1]

この写真は、その1994年の開通より後に撮影されたものです。ただし、周辺区間の開通日と、写真に写る個別のランプの完成日は同じとは限りません。年表で確認できる道路の延伸と、写真で見える形の変化を合わせて読むと、港を囲む交通網の成長を追えます。

豆知識 橋を守るため、力を受け持つ部材を設ける天保山大橋には、地震のエネルギーを吸収する「せん断パネルダンパー」が設けられています。阪神高速の説明では、一部の部材に変形を受け持たせ、橋本体の重大な損傷を防ぐ考え方です。航空写真では見えない小さな部材も、大きな橋を支えています。[2]

現在につながる姿
港の水辺と、市街地のすぐ隣を走る

天保山大橋と円形の接続道路、市街地や岸壁が隣り合う天保山ジャンクション
国土地理院「全国最新写真」から作成した保存画像。撮影年は未特定。

最後の写真では、安治川を渡る橋、大きな輪、市街地へ続く高架を一度に見渡せます。道路だけが独立して置かれているのではなく、港の岸壁や建物、住宅の街区と隣り合っています。

16号大阪港線をたどれば大阪の都心側へ、湾岸線をたどれば海沿いの地域へとつながります。同じ場所に集まっていても、それぞれの道が向かう先は異なります。だからこそ、交差点のように一点で交わる形ではなく、距離を取った曲線が必要になります。

1964年の写真に戻ると、道路の下や脇に残る港の輪郭を探せます。先にあった水路や街区の間へ、数十年をかけて高速道路が加わったことが、五枚の写真を通して読み取れます。

場所
大阪府大阪市港区
集まる路線
阪神高速16号大阪港線/4号湾岸線/5号湾岸線
南への開通
1974年7月15日(天保山〜南港北)
大阪港線の延伸
1989年3月14日(本田〜天保山)
天保山大橋の開通
1991年9月18日

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出典・参考資料
  1. 阪神高速道路「50年のあゆみ」:1974年、1989年、1991年、1994年の開通区間・年月日。
  2. 阪神高速道路「阪神高速図鑑 No.003 天保山大橋」:着工・開通、船舶の航行、桁の構造、耐震対策。
  3. 国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」、地理院タイル一覧:航空写真。位置合わせ・切り出し・縮小を実施。