道路の昔と今 / 埼玉県 戸田市

美女木JCTの昔と今
田畑を横切る二本の道が、信号のある立体交差になるまで

航空写真でたどる街と道路の変化 | 読了 約5〜6分

高速道路のJCTなのに、信号がある。美女木JCTは、その特徴で知られる場所です。ただ、最初から複雑な立体交差があったわけではありません。航空写真をさかのぼると、田畑に一本の幹線道路が通り、やがて別方向の道路が交わり、その上へ首都高が重なっていきます。五枚の写真から、平面の土地に高さの違う道路が積み上がる過程をたどります。

1961年
農地と集落の間に、まだ太い交差がない

田畑と集落が広がり現在の幹線道路の交差がない1961年の美女木付近
1961年6月撮影(国土地理院)。

最初の写真には、細かな田畑と建物のまとまりが写っています。細い道は集落の間を縫うように続き、後の写真で目立つ大きな斜めの交差はありません。現在のJCTの形を重ねてみようとしても、目印になる太い道路が見つからない時代です。

左側の水路や土地の縁、建物の並びを覚えてから次へ進むと、まったく別の街になったように見える変化の中にも、同じ場所の痕跡を探せます。道路ができる前の写真は、現在の施設がどれほど広い範囲に収まっているかを実感させます。

農地の一筆ごとの境界と、後から現れる高速道路の幅を比べると、地域の道と広域の道が使う空間の違いも見えてきます。

1971年
街を斜めに貫く、広い道路が現れる

美女木の市街地を斜めに貫く新大宮バイパスが見える1971年の航空写真
1971年4月撮影(国土地理院)。

十年後の写真では、左上から右下へ続く広い道路がはっきり現れます。新大宮バイパスです。細かな区画の中を、幅のそろった一本の線が貫きます。沿道の建物も増え、1961年の写真より街の輪郭が密になっています。

新大宮バイパスは国道17号の道路です。国土交通省大宮国道事務所が事業を紹介しています。ここでは、この写真に道が写っていることと、現在の首都高の高架があることを分けて見ます。大きな道路が通るようになっても、まだ現在のJCTの重なり方にはなっていません。[1]

次の写真では、この斜めの道路に対し、別の方向から帯状の空間が近づいてきます。先にできた道が、後の立体交差の位置を読む目印になります。

1979〜1983年ごろ
別方向の帯が、市街地を横切る

新大宮バイパスと交差する方向に帯状の空間が見える1980年前後の美女木
国土地理院「空中写真(1979〜1983年)」を使用。年代別タイルのため1980年などの単年とは断定しない。

カラー写真には、先ほどの道路を横切る方向に、幅のある帯状の空間が見えます。建物が密集する区画の間を、まっすぐ貫くような形です。現在の外環道と見比べると、新しい道路が入る位置をたどれます。

ただし、帯が見えるだけで、すべてが完成した道路とは限りません。土の色が見える場所、舗装面のように見える場所、建物が残る場所を分けて眺めると、都市の中で連続した経路を造る途中の様子が伝わってきます。

NEXCO東日本の沿革では、美女木〜三郷間の外環の開通は1992年です。この写真の収録年代とは間隔があります。土地の帯が姿を現す段階と、高速道路として利用できる段階の間にも、長い工事の時間がありました。[2]

豆知識 外環と首都高は、同じ年にそろったわけではない外環の美女木〜三郷間は1992年、首都高5号池袋線の戸田南〜美女木JCT間は1993年10月26日の開通です。二本の道路が平面上で交わって見えても、相互に移れる時期は別に確かめる必要があります。[2][3]

1992年
交差する道路が、立体の姿に近づく

外環道の高架と工事途中の首都高方向の道路が見える1992年の美女木付近
1992年10月撮影(国土地理院)。

1992年10月の写真では、交差部へ向かう太い線が、周囲の市街地から浮き上がるように見えます。高架の道路と、その脇の地上の空間が並び、以前の写真で帯だった場所が道路の形へ変わっています。

首都高が外環道に接続するのは、この写真の翌年です。さらに1998年5月18日には、美女木JCT〜与野間の埼玉大宮線が開通しました。5号池袋線が接続した時点と、北へ続く首都高の経路が伸びた時点も区別できます。[3]

一枚の写真に見える交差部でも、その上を通る道路、脇で曲がる道路、下を進む一般道は、異なる役割を持ちます。年を追うほど、平面の写真を高さ方向にも想像する必要が出てきます。

2025年・現在の姿
重なる道路の中に、信号で進む経路がある

新大宮バイパスと外環道の上に首都高が重なる2025年3月の美女木JCT
2025年3月撮影(国土地理院)。

最後の写真では、街を斜めに貫く道路と、それを横切る道路が、交差部で幾重にも重なっています。1961年の田畑の写真から見ると、同じ場所とは思えない変化です。それでも、1971年に現れた幹線道路の向きは現在の風景の骨格として残っています。

美女木JCTでは、首都高5号池袋線、埼玉大宮線、東京外環自動車道が接続します。首都高の公式紹介は、ここを信号で制御する珍しいJCTとして取り上げています。信号の存在は航空写真の小さな点から推測せず、管理者の説明で確かめられます。[4][5]

田畑の区画、幹線道路の帯、高架の交差を順に追うと、複雑な現在の姿にも、造られた順番が残っています。

豆知識 「5層」は一般道も含めた数首都高の公式紹介で示される美女木JCTの5層構造は、一般道も含めた数です。高速道路だけが五段ある、という意味ではありません。最上部の道路だけを見るのではなく、地上の道まで含めて考えると、ここに収められた交通の多さを理解できます。[4]
場所
埼玉県戸田市美女木周辺
交わる道路
首都高5号池袋線/埼玉大宮線/東京外環自動車道
首都高の接続
1993年10月26日 戸田南〜美女木JCT開通
構造の特徴
一般道を含む5層構造・信号で制御する接続経路

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